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バーバーショップ・ハーモニーとは

バーバーショップ・ハーモニーの歴史
 「バーバーショップ・ハーモニー」とは、19世紀後半からアメリカで発展したコーラスの形態で、六度や七度の和音を多用しているという特徴を持っています。
 その成り立ちに関してはいろいろ研究がなされていますが、アフリカから連れてこられた奴隷が持ってきたアフリカ音楽と、ヨーロッパの移民が持ってきたケルト音楽とが結合して、ジャズの歴史と並行して発展してきたものという説が有力です。


 「バーバーショップ」の名は、言葉のとおり、「床屋さん」の意味です。洋の東西を問わず、町の社交場だった床屋さんには、ラジオやテレビが無かった当時、一日の仕事が終った男たちが集まって来ました。アメリカの新聞「サタデイ・イーヴニング・ポスト」に挿絵を描いて有名なノーマン・ロックウエルは、床屋さんに集まって4人で歌ったり、数人でヴァイオリンを弾いている絵を描いています。
 また、当時の床屋さんはアフリカン・アメリカンのカルテットを雇っていて、店先で歌わせるという慣習があったようですが、それが次第に、白人のカルテットに移っていったようです。
Barbershop Quartet Shuffleton's Barbershop
The Gas House Gangというバーバーショップ・カルテットのCDが、この絵をジャケットに使っています。
バーバーショップ・ハーモニー協会(注1)の創立
 このようにして、アメリカ中で盛んになっていったバーバーショップ・ハーモニーも、20世紀に入ると、各種の娯楽が増えてきたため、次第に衰退して来ました。衰退を惜しんだ熱心なバーバーショッパーが、米国バーバーショップ保存・振興協会を1938年に設立して再興を図りました。
翌1939年からカルテットのコンテストを毎年、開催するようになり、次第に支部が米国内の各都市に作られ、会員も増加してゆきました。また、カルテットは技術的に難しいので戦後、コーラスのコンテストも追加され、いっそう会員が増えました。
 また、バーバーショップ・ハーモニーの面白さが世界中に広がり、協会の正式な支部組織(Affiliate)がヨーロッパを中心に8カ国にあり、合唱団やカルテットは日本、ロシア、中国などにあります。
 現在では、全会員数3万余人という、世界最大の男声合唱の組織で、会員とその家族が約1万人集まる国際大会を全米各都市の持ち回りで開催しています。
 なお、バーバーショップ・ハーモニーには女声や混声の組織もあり、こちらのほうも活発な活動を続けています。
(注1) 最初の名称は「米国バーバーショップ保存・振興協会Society for the Preservation and Encouragement of Barbershop Quartet Singing in America、略してSPEBSQSA」だったが、あまりにも長い名前なので、数年前に、親しみやすい「バーバーショップ・ハーモニー協会Barbershop Harmony Society」と改名した。

日本におけるバーバーショップ活動
 バーバーショップ・ハーモニーは、第二次世界大戦後に進駐軍の米兵によって日本に持ち込まれました。キャンプを慰問のために訪ねた大学の合唱団に彼らは楽譜を示し、歌い方を教えてくれたので、大学合唱団がバーバーショップの曲を歌ったり、合唱団内にカルテットが出来たりしていたようです。日本の代表的なカルテット、ダークダックスも初期にはバーバーショップの曲を歌っていました。
 しかし、朝鮮戦争が終って米兵の数が減るにつれて、楽譜はあっても、バーバーショップ・ハーモニーの正しい歌い方を身に付ける機会が無くなり、次第に忘れ去られるようになりました。
 そのような状況が変わったのは、1992年に日本で最初のバーバーショップ・コーラス「東京バーバーズ」の創立です。アメリカから指揮者を迎え、正しいバーバーショップ・ハーモニーを紹介してくると共に、協会の国際大会にも参加してきました。
 日本のバーバーショップ活動が大きく発展したのは、1990年度チャンピオン・カルテットのアクースティクスACOUSTIXが2000年に来日、全国4都市で演奏会を開催したことに始まります。(注2)
 アクースティクスのナマの歌唱を聴いて感動した多くのア・カペラのカルテットがバーバーショップに衣更えし、さらに、関西学院グリークラブ出身でカルテット フォアローゼスFour Rosesのリーダーで指揮者の広瀬康夫が学生や一般の合唱団にバーバーショップの曲を歌わせることで、日本中に広まりました。
 また、2003年には日本バーバーショップ・カルテット協会(代表:広瀬康夫、事務局:菅野哲男)を設立し、2004年と2005年に日本バーバーショップ・カルテット・フェスティバルをそれぞれ東京と西宮で開催しました。
 日本には現在、バーバーショップのカルテットが20以上、コーラスが3団体あります。(他に、女声のコーラスが5団体あります。)

(注2) 初めて来日したチャンピオン・カルテットは朝鮮戦争の米兵慰問で日本人は聴いていない。日本人が初めて聴いたのは、阪神淡路大震災復興一周年記念合唱祭のゲストとして1996年に来日した1995年度チャンピオンのマーキーMARQUISだが、神戸でただ一回のコンサートだったので、聴いた人は限られていた。

全日本合唱連盟機関誌「ハーモニー」に寄稿した菅野さんの2006年の国際大会の記事